用事を済ませて駆

投稿者:User icon mini lomen123 投稿日:2014/12/09 15:53

深い霧のなか、歩道に出された小さな丸テーブルに座り、紙コップのコーヒーをすすっていた。そんなことをした覚えばほとんどない。マーケットストリートをちょっと離れれば、〝お気に入りカフェ〟がいくつもあるのだから。どうせこんな場所のコーヒーは薄くてまずいだけで、だいたいイスとテーブルのデザインがシャンゼリゼあたりを気取っている感じが鼻について……ならばなぜ? そんなことをしたのか? 理由は、自分でもすぐにはわからなかった……。

久しぶりに服なぞ買おうという気になって、フリーウェイを15マイルも飛ばしてきていたから? どうだろう……? 近場に体よく路上駐車を見つけられず、ぐるぐる回った挙句、北側に上ったところの駐車ビルに車を入れ、わざわざ坂道を結構な距離下ってきていた──というのも、理由のひとつだったかもしれない。また、通りの南側の格安系アウトレット店に入り、広い店内を物色しているうちに、気がつけばオレンジ色のシャツばかり5枚も抱え込んでいて、なんだか苦笑してしまった、そのあとだった──というのも、まったく無関係ではなかったろう。わからない? つまり、用事を済ませて駆け抜ける──以外のことをしてみたくなるような、そんな心模様にあったのかもしれない。5枚のうち3枚、イスに置いた袋のなかにあったさ、オレンジシャツたち。またもしくは、視界を遮ぎり、肌をしっとりと濡らすほどの深い霧のわりには、「なんだかずいぶん仄明るいな……」という雰囲気が、僕を立ち去りがたくそこに引き留めていたのかもしれない。そうか……それも〝おとぎ話的〟だったな……。

ともあれ、薄いドリップコーヒーをすすりながら、通りを眺めやり、「小奇麗になったなぁ……」と、とりとめもないことを考えていた。商店の構成や見栄えが多少変わっていても、10年も住めばどうでもよくなる。変化の連続も、しょせんは日常だ。変わってゆくのが当たり前であって、少々変わったところで本質はなにも変わらず、新しいものなどそうそう見つかりはしないのさ。だから……だから? ただ無目的に、コーヒーをすすり、〝無為な休日のひととき〟を過ごしてみている──ような気でいた……のだけれど……霧雨はいつまでも乾く気配はなく、妙に静かで、そのくせ心がざわついて……やはり、どうしても、〝彼〟のことが気になってしょうがなかった。

たぶん、コーヒーを買う前から見られていたのだ。僕も最初から気づいていたのだ。向こうの街路樹の根元に背をもたせかけるようにして居場所を作り、あぐらをかいて行き交う人々を見ている〝彼〟の存在に、通りかかったときから、視界の端で。箱型ケースにグァテマラ毛布を敷いた、素朴で、艶やかで、魅力的な小テーブルにも、まったく常人らしからぬ佇まいにも。

禅 ── そんな姿形
ヒッピー ── そんな長い髪
青鬼(オーガ)── まさにそんな邪悪面
そして、最初からからずっと
鬼には決してそぐわない ── とてつもない笑み

グレイスーツの男がひとり、青いミルクカートン*に腰かけた。ミルクカートンはイスがわり、男は客──だから〝彼〟は、ヒッピーのタロットカード占い師だ。

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