ゃべらないことで
投稿者: believegut 投稿日:2016/10/27 16:53
「手紙にあったあなたとセ?ネドラの問題にはいりましょう」
「ああ、あのことか。あんなことを書いて心配させなければよかったと思ってるんだ、ポルおばさん。けっきょくぼくの問題なんだしね」ガリオンはきまりわるそうに目をそらした。
「ガリオン」ポルガラはきっぱりと言った。「わたしたちの家族にかぎっていうと、個人的問題なんてものはないのよ。もうそれぐらいわかっていると思ったわ。セ?ネドラとのごたごたは、正確にはどういうものなの?」
「かみあわないっていうことなんだ、ポルおばさん」ガリオンはわびしげに言った。「どうしてもぼくひとりでやらなくちゃならない職務があっても、セ?ネドラは目がさめているあいだは一分、一秒でもぼくと一緒にいたがるんだよ――まあ、すくなくともこの前まではそうだった。いまはもう何日も顔も合わせないですごしている。もう同じベッドでも寝ていないし、それに――」ふいにエランドに目をやって、ガリオンはあたふたと咳きこんだ。
「さあ」ポルガラはなにごともなかったかのようにエランドに言った。「これでもう見苦しくないわ。あの茶色の毛織のマントをはおってダーニクをさがしに行ったら? ふたりで厩へ行って馬に会うのも悪くないわよ」
「そうですね、ポルガラ」エランドは足のせ台からすべりおりてマントをとりに行った。
「ずいぶんききわけのいい子なんだね」ガリオンはポルガラに言った。
「たいていはね。わたしの母の家の裏にある川に、近づかないようにしておきさえすれば、ほとんど問題はないわ。だけど、どういうわけか、月に一、二度は川に落ちないと気がすまないみたいなのよ」
エランドはポルガラにキスしてドアに向かいかけた。
「ダーニクに伝えてちょうだい、けさはあなたたちふたりでぞんぶんに楽しんでかまわないってね」ポルガラはそう言ってから、ガリオンをまともに見た。「わたしは数時間ここで忙しいことになりそうだから」
「わかりました」エランドは廊下に出た。ガリオンとセ?ネドラを不幸にしている問題については、ほんのつかのま考えただけだった。すでにポルガラが引き受けたのだし、彼女なら丸くおさめてくれるにきまっている。問題それ自体はとるにたらないものだったが、それが原因でおきた口喧嘩によって、とてつもなく大きくふくれあがってしまっていた。興奮してつい言ってしまった言葉が、あやまりも、ゆるされもせずに放置されていると、ほんのちょっとした誤解が隠れた傷のように膿むこともあるのだと、エランドは気づいた。かれはまたガリオンとセ?ネドラがあまりにも深く愛し合っているために、いきづまるとついせっかちに心にもない言葉を口にしてしまうことにも気づいていた。ふたりとも相手を傷つける大きな力を持っているのだ。いったんふたりがそのことに十分気づいたら、すべては水に流されるだろう。
リヴァの城塞の廊下は、石壁からつきでた鉄の輪にはめこまれたたいまつによって照らされていた。エランドが歩いている広い廊下は城塞の東側と、屋上の胸壁に出る階段に通じていた。厚みのある東の壁につくと、足をとめて細い窓のひとつからおもてをながめた。夜明けの空からはがね色の光がひとすじさしこんでいた。都市がはるか下方に見えた。灰色の石造りの建物と玉石敷の細い通りはまだ薄闇と朝霧にまぎれていた。早起きの家々の窓がぽつりぽつりと明かりをともしている。陸に向かって吹く風に運ばれたさわやかな潮のかおりが、島の王国にただよっていた。古びた石の城塞に閉じこめられていると、心細い気がした。きっと〈鉄拳〉リヴァの時代の人々も、鉛色の海から陰気にあらわれた、この岩だらけの、嵐に痛めつけられた島をはじめて見たときは、同じ感情をいだいたことだろう。またこの城塞にいると、リヴァの人々にこれらの城塞と都市を岩から築かせ、〈アルダーの珠〉の保護に徹することを決意させた、断固たる義務感が感じられるのだった。
エランドは石の階段をのぼり、胸壁に立っているダーニクを見つけた。ダーニクは果てしなくうねっては、長い白波となって岩だらけの海岸にうちよせる〈風の海〉をながめていた。
「ポルが髪をとかしおえたんだな」ダーニクはエランドの頭に目をとめて言った。
エランドはうなずいた。「やっと」皮肉っぽく言った。
ダーニクは笑った。「ポルがよろこぶなら、われわれは多少のことはがまんできるんじゃないかね?」
「そうですね」エランドは同意した。「ポルガラはいまベルガリオンと話をしています。話がすむまでぼくたちにおもてにいてほしいようでした」
ダーニクはうなずいた。「それが一番いい方法だろう。ポルとガリオンはとてもなかよしなんだ。ガリオンはわれわれがいたらしも、ポルとふたりだけならきっと話すだろう。ガリオンとセ?ネドラをポルが仲直りさせてくれるといいが」
「ポルガラなら大丈夫ですよ」エランドは確信をもって言った。
かれらのいる胸壁より上方の草原にはすでに日がさして、エメラルド色の草をあかるく照らしていた。羊の群れに歌いかける女羊飼いの声が聞こえてきた。小鳥のさえずりにも似た澄んだのびのびとした声が愛をうたっている。
「愛はああでなくちゃならないんだよ」ダーニクが言った。「素朴で、単純で、きよらかで――ちょうどあの娘のようにな」
「わかります。ポルガラは馬のところへ行ったらどうかと言ってました――あなたのここでの用事がすんだらですが」
「いいとも。ついでに台所に寄って、朝食を失敬していこう」
「それもすごくいい考えですね」
その日は申し分のない一日になった。太陽はあたたかく、まぶしくて、馬は練習場で子犬のようにたわむれた。
「あたしらはその馬を馬具に馴らそうとしたんだが、王さまがいかんといわれるんですよ」馬丁のひとりがダーニクにうちあけた。「だから端綱につなぐ訓練すらまだしていないんです。陛下のお話だと、なんでもこれは大変特別な馬だとかで――あたしにはとんとわかりませんがね。だって馬は馬でしょうが?」
「それが生まれたときに起きたことと関係があるんですよ」ダーニクは説明した。
「生まれるときはどの馬も同じですよ」馬丁は言った。
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「ああ、あのことか。あんなことを書いて心配させなければよかったと思ってるんだ、ポルおばさん。けっきょくぼくの問題なんだしね」ガリオンはきまりわるそうに目をそらした。
「ガリオン」ポルガラはきっぱりと言った。「わたしたちの家族にかぎっていうと、個人的問題なんてものはないのよ。もうそれぐらいわかっていると思ったわ。セ?ネドラとのごたごたは、正確にはどういうものなの?」
「かみあわないっていうことなんだ、ポルおばさん」ガリオンはわびしげに言った。「どうしてもぼくひとりでやらなくちゃならない職務があっても、セ?ネドラは目がさめているあいだは一分、一秒でもぼくと一緒にいたがるんだよ――まあ、すくなくともこの前まではそうだった。いまはもう何日も顔も合わせないですごしている。もう同じベッドでも寝ていないし、それに――」ふいにエランドに目をやって、ガリオンはあたふたと咳きこんだ。
「さあ」ポルガラはなにごともなかったかのようにエランドに言った。「これでもう見苦しくないわ。あの茶色の毛織のマントをはおってダーニクをさがしに行ったら? ふたりで厩へ行って馬に会うのも悪くないわよ」
「そうですね、ポルガラ」エランドは足のせ台からすべりおりてマントをとりに行った。
「ずいぶんききわけのいい子なんだね」ガリオンはポルガラに言った。
「たいていはね。わたしの母の家の裏にある川に、近づかないようにしておきさえすれば、ほとんど問題はないわ。だけど、どういうわけか、月に一、二度は川に落ちないと気がすまないみたいなのよ」
エランドはポルガラにキスしてドアに向かいかけた。
「ダーニクに伝えてちょうだい、けさはあなたたちふたりでぞんぶんに楽しんでかまわないってね」ポルガラはそう言ってから、ガリオンをまともに見た。「わたしは数時間ここで忙しいことになりそうだから」
「わかりました」エランドは廊下に出た。ガリオンとセ?ネドラを不幸にしている問題については、ほんのつかのま考えただけだった。すでにポルガラが引き受けたのだし、彼女なら丸くおさめてくれるにきまっている。問題それ自体はとるにたらないものだったが、それが原因でおきた口喧嘩によって、とてつもなく大きくふくれあがってしまっていた。興奮してつい言ってしまった言葉が、あやまりも、ゆるされもせずに放置されていると、ほんのちょっとした誤解が隠れた傷のように膿むこともあるのだと、エランドは気づいた。かれはまたガリオンとセ?ネドラがあまりにも深く愛し合っているために、いきづまるとついせっかちに心にもない言葉を口にしてしまうことにも気づいていた。ふたりとも相手を傷つける大きな力を持っているのだ。いったんふたりがそのことに十分気づいたら、すべては水に流されるだろう。
リヴァの城塞の廊下は、石壁からつきでた鉄の輪にはめこまれたたいまつによって照らされていた。エランドが歩いている広い廊下は城塞の東側と、屋上の胸壁に出る階段に通じていた。厚みのある東の壁につくと、足をとめて細い窓のひとつからおもてをながめた。夜明けの空からはがね色の光がひとすじさしこんでいた。都市がはるか下方に見えた。灰色の石造りの建物と玉石敷の細い通りはまだ薄闇と朝霧にまぎれていた。早起きの家々の窓がぽつりぽつりと明かりをともしている。陸に向かって吹く風に運ばれたさわやかな潮のかおりが、島の王国にただよっていた。古びた石の城塞に閉じこめられていると、心細い気がした。きっと〈鉄拳〉リヴァの時代の人々も、鉛色の海から陰気にあらわれた、この岩だらけの、嵐に痛めつけられた島をはじめて見たときは、同じ感情をいだいたことだろう。またこの城塞にいると、リヴァの人々にこれらの城塞と都市を岩から築かせ、〈アルダーの珠〉の保護に徹することを決意させた、断固たる義務感が感じられるのだった。
エランドは石の階段をのぼり、胸壁に立っているダーニクを見つけた。ダーニクは果てしなくうねっては、長い白波となって岩だらけの海岸にうちよせる〈風の海〉をながめていた。
「ポルが髪をとかしおえたんだな」ダーニクはエランドの頭に目をとめて言った。
エランドはうなずいた。「やっと」皮肉っぽく言った。
ダーニクは笑った。「ポルがよろこぶなら、われわれは多少のことはがまんできるんじゃないかね?」
「そうですね」エランドは同意した。「ポルガラはいまベルガリオンと話をしています。話がすむまでぼくたちにおもてにいてほしいようでした」
ダーニクはうなずいた。「それが一番いい方法だろう。ポルとガリオンはとてもなかよしなんだ。ガリオンはわれわれがいたらしも、ポルとふたりだけならきっと話すだろう。ガリオンとセ?ネドラをポルが仲直りさせてくれるといいが」
「ポルガラなら大丈夫ですよ」エランドは確信をもって言った。
かれらのいる胸壁より上方の草原にはすでに日がさして、エメラルド色の草をあかるく照らしていた。羊の群れに歌いかける女羊飼いの声が聞こえてきた。小鳥のさえずりにも似た澄んだのびのびとした声が愛をうたっている。
「愛はああでなくちゃならないんだよ」ダーニクが言った。「素朴で、単純で、きよらかで――ちょうどあの娘のようにな」
「わかります。ポルガラは馬のところへ行ったらどうかと言ってました――あなたのここでの用事がすんだらですが」
「いいとも。ついでに台所に寄って、朝食を失敬していこう」
「それもすごくいい考えですね」
その日は申し分のない一日になった。太陽はあたたかく、まぶしくて、馬は練習場で子犬のようにたわむれた。
「あたしらはその馬を馬具に馴らそうとしたんだが、王さまがいかんといわれるんですよ」馬丁のひとりがダーニクにうちあけた。「だから端綱につなぐ訓練すらまだしていないんです。陛下のお話だと、なんでもこれは大変特別な馬だとかで――あたしにはとんとわかりませんがね。だって馬は馬でしょうが?」
「それが生まれたときに起きたことと関係があるんですよ」ダーニクは説明した。
「生まれるときはどの馬も同じですよ」馬丁は言った。
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